[国内事例88] 新規ラムサール条約湿地:渡良瀬遊水地の取組 2013年3月31日

概要

2012年7月3日、ルーマニアの首都ブカレストで開催されていた、ラムサール条約(正式名称:特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)の第11回締約国会議(COP11)にて、日本から申請されていた湿地9か所がラムサール条約湿地登録簿に新たに掲載され、これにより渡良瀬遊水地がラムサール条約登録湿地となった。渡良瀬遊水地は、東京から約60kmに位置し、4県(栃木県、群馬県、埼玉県、茨城県)にまたがる北海道以外で最大の遊水地。南北に約9km、東西に約6km、周囲の長さが約30kmで約3,300ha(山手線で囲まれる範囲の約半分)。環境省のレッドデータブックに掲載された絶滅危惧(準絶滅危惧含む)の動植物も多数生息する。これまで治水や自然保護をめぐって様々な衝突があったが、ラムサール条約登録を機に、様々な市民団体・行政などが一体となって、環境保全に取り組む事例について紹介したい。

経緯

渡良瀬遊水地は太古から存在した訳ではなく、日本初の公害事件ともいわれる足尾鉱毒事件が関わっている。1877(明治10)年に、渡良瀬川上流に位置する栃木県上都賀郡足尾町(当時)で「足尾銅山精練所」が創業されると、鉱山開発に伴う銅、カドミウム、ヒ素等の有害成分を含有する鉄屑や廃石が下流に流れ、鉱毒被害が広がっていった。国会議員であった田中正造などにより、大規模な反対運動も展開された。こうした鉱毒被害削減と治水を目的に、当時の内務省は栃木県下都賀郡谷中村(現在の栃木県栃木市)の遊水地化計画を推進。様々な軋轢を生みつつも1906(明治39)年に谷中村は廃村されて住民は強制移住となり、そこに渡良瀬遊水池が作られることとなった。その後何度も改修が行われ、平成元年には第一調整池内に谷中湖が完成し、現在では第二調整池などの整備が継続されている。
治水面に関しては、利根川流域上流にダムが多数整備されるなどにより、近年は甚大な被害をもたらすような洪水は発生していない。むしろ遊水地内では、池沼の減少、地下水位の低下などによる湿地の乾燥化が進行し、外来生物法により要注意外来生物に指定されているセイタカアワダチソウが急増するなどの環境悪化が進んでいる。
こうした状況の中、ラムサール条約への登録の機運が高まってきたこともあり、これまで治水と自然保護で対立してきた、地元の住民団体と自然保護団体が、将来にわたって渡良瀬遊水地の治水事業と湿地の保全・再生の両立が図れるよう、相互に協力していくことを誓約する誓約書に調印した。

年表

実施状況

これまでも地域の多数の団体により、自然観察会、湿地乾燥化のために増えてきたセイタカアワダチソウや柳の木の除伐、生物調査、野焼きなど、様々な環境保全活動が行われてきたが、ラムサール条約の登録をきっかけに、今後はさらに連携して活動が実施される事が期待される。ラムサール条約では、湿地を保護しながら持続可能な方法で利用する「ワイズユース」が大きな特長であるが、この地域でも湿地をより有効に活用していく事になるだろう。渡良瀬遊水地を管理する、渡良瀬遊水地に隣接する4市2町、関東地方環境事務所及び利根川上流河川事務所により、平成25年度以降「渡良瀬遊水地保全・利活用協議会(仮称)を立ち上げる予定だ。また国土交通省関東地方整備局でも、「南関東エコロジカル・ネットワーク検討委員会」を平成21年12月に立ち上げ、より広域的に、かつ推進体制を強化するために、平成25年度からは「関東エコロジカル・ネットワーク推進協議会」として、コウノトリやトキの野生復帰に向けての地域づくりを行う予定であり、渡良瀬周辺地域もこの協議会での推進地域に指定されている。こうした国の動きとも連携しながら、民間団体でも様々な取り組みが予定されており、この地域の生物多様性が高まり、より良い環境が形成される事が期待される。

ポイント

 渡良瀬遊水地の成立は、近代産業振興と環境保全の両立の難しさを抜きには語れない。今回のラムサール条約の登録を受け、地域の人々はより良い環境づくりの為に、未来志向で手を携えている。今後の取組に期待したい。

環境分野

■ ESD・環境教育  ■生物多様性・自然保護 ■大気・水・土壌の保全  ■エコツーリズム

協働方法

■事業協力・事業協定  ■実行委員会・協議会

関係者(主体とパートナー)

渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会
渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会
わたらせ未来基金
日本野鳥の会栃木
小山の環境を考える市民の会
藤岡町自然を守る会
ラムサール・ネットワーク日本
渡良瀬遊水地第二調節池周辺地区治水事業促進連絡協議会
国土交通省 関東地方整備局 利根川上流河川事務所
環境省関東事務所野生生物課

参考資料

・渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会
・渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会
・ラムサール・ネットワーク
 「渡良瀬遊水地のラムサール登録に際して治水と湿地保全・再生を両立する誓い
日本湿地ネットワーク 渡良瀬遊水池をめぐる動きと現状
・環境省「ラムサール条約と条約湿地
・国土交通省 関東地方整備局
・国土交通省 関東地方整備局 利根川上流河川事務所
・筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ 地域調査報告 26 151 182 2004
 渡良瀬遊水地の利用形態からみたオープンスペースの多機能化
・読売新聞栃木版:「渡良瀬100年」第1部、2部、3部、4部、5部、6部

取材:伊藤博隆(環境パートナーシップオフィス)
2013年2月