「住民アクション」が地域を変える
“グラウンドワーク三島の地域再生活動”の取り組み
ふるさとの原風景を取り戻したい
富士山からの湧水が街中に湧き出す美しい水の都・せせらぎのまち、静岡県三島市。かつて水量豊かないくつもの川は三島の生活と文化の中心だったが、1960年代前半を境に湧水の減少が進み、水辺の環境は悪化。そこでふるさとの原風景・原体験を取り戻そうと多くの市民が立ち上がり、市民・NPO・企業・行政とのパートナーシップによる、新たな市民運動(グラウンドワーク活動)が始まる。この活動をきっかけに、それまでバラバラに活動していた市民団体が結集し「グラウンドワーク三島実行委員会」を結成、1999年10月に現在の(特活)グラウンドワーク三島(以下GW三島)となった。
GW三島は、日本で最初にグラウンドワーク手法を導入したNPOである。グラウンドワークとは、1980年代に英国で始まった実践的な地域再生活動だ。湧水の減少で悪化した水辺の自然環境の再生と改善を目的に、市内8つの市民団体が中心となり、三島市や地元企業の協力のもと1992年9月に事業をスタートした。現在では21の市民団体が所属し、これまでの参加企業は20社を超え、一度はゴミ捨て場と化した川の再生、絶滅した水中花ミシマバイカモの復活、古井戸・水神さん・湧水池の再生、ホタルの里づくりなど、市内30カ所以上で具体的な実践活動を展開している。
なかでもシンボル的な事業が市の中心部を流れる源兵衛川プロジェクトだ。JR三島駅のすぐ南側に、うっそうとした森に囲まれた市立公園「楽寿園」がある。ここの小浜池の水は富士の雪解け水が地下を通って富士溶岩の間から湧き出たものだ。これを水源とする延長1.5キロの源兵衛川は、上流域での企業の地下水くみ上げや人口増による水道使用の増加などの原因で、豊富だった水量が1960年代前半以降は激減。ごみが投棄され悪臭を放つドブ川となり、周辺の水辺環境は悪化の一途をたどった。こうした状況に危機感を抱いた地域住民が中心となり、市・県・国に親水公園化計画を提案した。1990年(平成2年)に整備事業が農林水産省の「農業水利施設高度利用事業」として「源兵衛川親水公園事業」という補助事業に採択され、農業用水路の管理団体である中郷用水土地改良区、周辺住民、行政や地元企業の協力で、美しい水辺環境が取り戻されたのである。
数え切れないほどの話し合いを経て
GW三島の主な役割は、こうした関係者の利害を調整し仲介することだった。川辺の草刈りやごみの清掃に取り組みつつも、水利権を主張して住民とは対立しがちだった土地改良区に対しては、2年間で40回以上の説明会を開き、市民の関心を呼び戻し協調する必要性を説いた。川沿いの住民に対しては、関係町内会長や各市民団体の代表などから構成された「三島中部地区高度利用事業推進協議会」を設立し、先進事例の視察や専門家を招いた60回以上の勉強会を開催し情報提供に努めた。住民1500名にはアンケート調査も行い、地域情報を計画に反映させている。行政に対しては、市の下水道普及モニター制度を利用し下水が源兵衛川に入り込まないように働きかけるほか、実行委員会に担当職員を定期的に参加させるなどして市民参加を支援する体制を整備した。水源の北側に工場を持つ企業には、湧水が減少する冬季に生態系に影響のない冷却水を補給用水として供給してくれるよう呼びかけた。
住民の力をどう引き出すか
こうした活動の中心人物の1人がGW三島事務局長を務める渡辺豊博さんだ。周りから「ジャンボさん」と慕われる渡辺さんは、そのニックネームにふさわしく大きな体で見るからにパワフルそうだ。渡辺さんはとにかく「汗をかけ」と言う。GW三島のキーワードに「住民アクション」がある。「住民自らが知恵を出し、体を動かし、汗を流そう」という意味だ。この言葉どおり、本職の静岡県職員として県政に携わる一方で、そのほかの時間のほとんどを土日返上でGW三島の活動に費やす。
渡辺さんがグラウンドワーク活動を始めるきっかけとなったのは、地元の川の汚さに気づいて愕然としたことだ。「県の仕事でほかの地域に取り組んでいながら、地元では何もできていなじゃないか」とハッとした。そこで賛同する仲間を募り、1991年に湧水の復活をめざす「三島ゆうすい会」を立ち上げた。GW三島の前身の1つである同会には400名の会員がおり、今の参加団体のなかでも大規模なグループの1つだ。
三島で多くの活発な事業が動いているのは、コーディネーター役のGW三島が「人をどう生かすか」に気を配っているためだろう。例えば源兵衛川なら地元の町内会が率先して取り組み、学校でビオトープをつくる事業なら「学校が責任を持つ」と言ってくれて初めて事業になる。実際の活動はできるだけ各グループの自主性に任せ、自分たちはあくまで黒子としてコーディネーターに徹しているのが印象的だ。逆に言えば、それだけ「誰に」働きかけるべきかを非常にシビアに見ているとも言える。学校ではPTA役員など、地域ごとのキーパーソンを確実に押さえ、味方に引き入れてしまう。古くは東海道の宿場町、三嶋大社の門前町として栄えた歴史のある三島では、代々住み続けている名士が大きな影響力を持つ。こうした方にも理事長として活動に加わってもらうなど、従来の人のつながりも大切にしているからこそ、多くのステークホルダーの信頼を得られるのだろう。
行政とは緊張関係を
「GW三島は、身近な環境改善のための土木事業をたくさん行っているけど、決しハード事業じゃない。人を動かすソフト事業なんです。そこに意味があるんです」と市のせせらぎ事業推進課の宮崎真行さんは言う。日頃から月例のスタッフ会議にも頻繁に顔を出し、市とGW三島は密なコミュニケーションを保っている。市長自ら「環境先進都市をめざす」という三島市は、市の事業としても水辺や緑の自然環境をはじめとした地域のアメニティ資源を活用する「街中がせせらぎ事業」を行っており、市民、企業、行政がパートナーとなって活性化させていくとしている。この事業の市民側として「せせらぎ協働体」に加わっているほとんどがGW三島の参加団体でもある。渡辺さんは市との関係を、親しくなっても馴れ合いにはならずに「いい意味での緊張関係を保ちたい」と言う。
次のステージへの課題の1つは、財政基盤を整え経済的自立をめざすことだ。現在までの支出額はおおむね年間1500万円前後で推移しているが、主な収入源は助成金、行政からの補助金や委託金、企業からの賛助金、さまざまな協賛金、参加市民団体からの拠出金や一般会員の会費などだ。今後は休耕畑を利用したソバの栽培や木工品の販売などの環境コミュニティビジネスで収益を上げ、新たな活動資金に還元していきたい考えだ。
小島和子(環境パートナーシップオフィス)