[国内事例58] 大学と地域の小・中学校の協働による環境教育~教育委員会・大学・市の「環境教育実施についての覚書」~ 2011年11月5日

大学と地域の小・中学校の協働による環境教育

~教育委員会・大学・市の「環境教育実施についての覚書」~

 あらまし

今回の事例は、江戸川を挟んで東京都と隣接する千葉県市川市における、大学、小学校(教育委員会)、行政の3者による、環境教育に関する協働がテーマだ。  学校法人千葉学園 千葉商科大学(CUC)では、学生の積極的な参画を得て、2003年3月にISO14001シリーズを取得していた。また同じ頃、地元の市川市役所でもISOを取得するともに、 ISO推進の一環として、市川市教育委員会では「学校版環境ISO認定事業」を開始した。
それぞれ独自にの事業を展開してきたのだが、CUCの発案により学生が地元の小学校に出張事業を行う制度を提案し、「環境教育実施についての覚書」が、市長、教育長、大学長の三者により締結された。これにより、CUC学生による環境教育の出張授業などが始まり、大学の地域貢献、大学生のスキル向上、小学生への好影響など、様々な広がりを見せている。

 千葉商科大学 環境ISO学生会議

そもそものきっかけは、日経新聞の論説委員で環境(特にゼロエミッション)を専門にされていた三橋規宏さんが、 CUCの加藤寛学長の誘いで、2000年4月に新設される政策情報学部の教授として就任されたところに溯る。経済紙で社会の最前線に触れられてきた三橋教授は当初、やる気のない今時の学生や閉鎖的な大学システムに、少なからずカルチャーショックを受けられたようだ。そうした中で、「まず身体を動かし、走りながら足りない知識を補い、必要な学問をそのつど学ぶ、という実学的アプローチ」をしてみたいと考えた。そこで、「学生主導でエコキャンパスづくりに挑戦できないか」というプランを思い立った。
CUCでは、2学年になると「テーマ研究」という名のゼミがあり、三橋ゼミではエコキャンパスに関わる学生を募ったところ、二人しか集まらず失望したのだが、その僅か二人の学生とともに少しずつ活動を積み重ねていった。学生の一人、岡田匡史さんは、CUC学長が学生と直接対話する場である「学長トークイン」に参加を申し出て、 ISO14001の取得を学生から大学側に提案した。また、学園祭で学内のリサイクルに関するシンポジウムを開催するにあたり、「ISO14001認証取得学生会議」という組織を学生が立ち上げ、大学に対してISO取得を働きかけることとなり、小沢篤史さんが代表に就いた。
その一方で三橋教授は、大学管理側のISO取得に向け準備委員会を立ち上げ、教授会での承認に向け動いていた。(この頃の経緯については、三橋先生が「 環境が大学を元気にする」という書籍にまとめられているので、ここでは省略したい。) そして様々な苦難を乗り越え、CUCは2003年3月にISO14001を取得している。
 製造業など、環境負荷が大きい事業所がISOを取得することは、コスト削減に直結することでもあるが、大学の場合はそもそも環境負荷がそれほど大きな場所ではない。そうした中でISOを取得することは、学生が参加することへの教育的効果である。三橋先生は、そうした大学ならではのISOと意義に着目していた。その後、「大学にISOの取得を促す」というミッションを達成した「ISO14001認証取得学生会議」は、 2004年1月に「環境ISO学生会議」として改組し、学校本体でのISOを実施するにあたり、ステークホルダーとして参加し、学生の意識啓発などを行っている。

 市川市教育委員会の「学校版環境ISO認定事業」

市川市(千葉県)では、千葉光行市長が環境問題に積極的に取り組む方針を持っていることから環境政策が充実しており、市庁舎のISO14001認証を2002(H14)年3月に取得している。 ISOの取得にあたり、組織の最高経営者(市長)が環境政策に関するトップポリシーとしての「環境方針」を2001(H13)年7月に定めている。この環境方針の基本方針の中で、ビジョンの実行のために重点的に取り組むこととして、「a 廃棄物の発生抑制及びリサイクルの推進」と「b 環境学習の推進」が挙げられており、環境教育を通じて環境の保全を目指すことが明文化されている。それに応じて教育委員会は「学校版環境ISO認定事業」を、2003年4月より開始した。

  • 「市川市教育委員会 学校版環境ISO認定事業」の特徴
    • 毎年5校が実践校に指定され、実施期間は2年。
      年間を通しては新規5校、継続5校の合計10校が取り組む。
      ※市内の公立学校=小学校:39、中学校:16、養護学校:1
    • 活動費として、消耗品費が毎年48,300円手当てされ、1年目には備品購入費として117,400円が加算される。 これは分別用ゴミ箱などの備品と消耗品の費用となるため、講師謝金としての利用はできない。
    • 教育委員会が作製した「実施の手引き」のほか、各学校で独自の取り組みを行っている。 Plan→Do→Check→Action といったPDCAサイクルが盛り込まれており、 どうしたら実効性が上げられるか考慮されている。
    • 毎年12月に監査が行われ、1月に認定式が行われる。監査は教育委員会、児童、先生、PTAからなる監査団が行う。
    • 学校独自の取り組みとして、県の環境アドバイザーや地元の環境保全団体、ISOの専門家を呼んだりしている。

「学校版環境ISO」そのものは、各地で取り組まれている。小学生向けだから内容は・・・、とタカを括ってはいけない。内容をみてみると、環境憲章の作成からはじまり、実施項目など詳細に管理するような仕組みになっている。環境省が主に中小企業に向けた簡易版環境ISOともいえる「エコアクション21」のような、かなり本格的なマネジメントシステムになっている。

  • 「学校版環境ISO」のねらい
    市川市教育委員会の場合、以下のような効果を期待して「学校版環境ISO認定事業」を展開している。 

    • 実践力の向上
      子どもたちの環境意識を高めるだけでなく、どのような行動をしたら環境負荷を減らすことが出来るのか、 実践・検証することで深く理解することが出来る。
    • 学校から家庭への普及
      子どもたちが学校で学んだ事を、家庭や地域で行うことで、市域全体の環境意識向上につながる。 「お母さん、ゴミの捨て方間違っている!」という具合に、子どもが家庭内ISO監視員となり、環境負荷の削減につながる。

学校でISOに取り組む場合、ゴミ削減や省エネの推進による環境負荷の軽減も勿論なのだが、むしろ生徒・家庭への教育的効果に軸足を置いて展開している。

※基礎データ:市川市統計資料
人口:466,567人(209,593世帯)
千葉県西部に位置し、東京都と隣接。今後も人口は増加傾向
市域面積:56.39 km2
市職員:3,586人

 大学・教育委員会・市による
「環境教育実施についての覚書」を締結

このように、CUC「環境ISO学生会議」と、市川市教育委員会「学校版環境ISO認定事業」と、それぞれ別の動きとしてあった。
これを環境ISO学生会議のアドバイザーである政策情報学部の三橋規宏教授より、市川市 環境清掃部 環境政策課へ、環境教育に関する協働事業の話が持ち込まれた。当初案では、大学で開発した環境教育プログラムの提供をメインとした構想であったが、教育委員会としては既に学校版ISOを独自に進めており、折り合いがつかない点もあったそうだ。しかし最終的には、派遣希望校のニーズ把握をし、その上で実施内容を決める形となり、2004年4月28日に、覚書に調印するに至った。

覚書コピー(PDF:73K)

三者協働によるメリット

この協定以前には、大学と地元小学校との交流はなく、覚書が締結されたことで、大学生が地元の小学校に出張することが初めて実現された。仮にこうした仕組みがなくても、総合学習などで地元の自然保護団体や大学生などを呼ぶ機会はあったと思われるが、学校は人事異動により担当の先生をはじめ校長、副校長、教頭、学年主任の各先生がどうしても代わってしまう。このような制度がないと、地元団体は先生の異動の度に人間関係の構築からはじめなくてはならず、プログラム実施以外のところで多くの労力を割くようになってしまう。
また、CUCの環境ISO学生会議にしても、4年生になったら会の活動からは卒業してしまうので、こちらもやはり人材の流動性が高いので、継続して実施するには何らかの取り決めが必要となる。
こうした点から、教育委員会、市、大学の3者によりこのような覚書があれば、事業の継続性が保たれ、ブラッシュアップすることが可能になる。実際、昨年度に派遣プログラムを実施した八幡小学校においても、今年の春に担任の先生が異動されたそうだが、今年も継続してプログラムを実施することが出来ている。
実際のプログラムとしては、今年度は「リンゴと海」というものを実施した。これは、リンゴを地球に見立て、海と陸の比率を3:1とし、そのうち海水以外の真水がどの程度あり、どの国の人がどれくらい消費するか、を分りやすくビジュアルで説明するものだ。この内容に関しては、事前に先生と打ち合わせをして決めている。
今回は、三橋先生から市川市 環境清掃部 環境政策課 に話が持ち込まれた。市の環境教育部署でも、小中学校での環境教育を推進する立場であり、教育委員会にきちんと庁内連携が出来たことで実現した。大学・教育委員会の2者によるパートナーシップでも出来た話かもしれないが、市が施策として関わることで、より強固な仕組みになったと思われる。

 千葉商科大学内のパートナーシップ

これまで、学生の環境の取り組みというと、学園祭でのゴミの分別など、学生独自の取り組みが多いように思うが、ここでは大学の総務課のISO取得の流れと連携している。学生だけでの取り組みでは、ここまで大学側を巻き込むのは容易なことではなく、環境負荷の低減とそこに教育的効果を見出している教授がいないと、学内連携は難しいのではなかと感じる。これを実現するには、学生の力だけではハードルが高く、三橋先生のように、大学運営当局や教授会などの意思決定機関との折衝を行う人の存在が必要不可欠だ。またお話を伺った、大学の施設管理課ISO事務室の安江照明さんなど、 “教育機関がISOを取得する意味”を認識されており、「事務方としてISOを推進する」というだけでなく、 ISO学生会議のメンバーとも密な連絡をとりつつ取り組まれている。また同じく安江さんは、「環境ISO学生会議の学生諸君は、学生以外の大学職員や教授会などと関わりを持ち、書類を申請し、会議に参加しなくてはならない。例え学校の中といえども、実社会と同じように大人と接することで、社会で必要なスキルが身につく。」と語る。
環境ISOはサイト(場所)で認証を取得するものなので、大学の場合、最も人数の多いステークホルダーである学生に対して、環境マネジメントの意義を理解してもらわなければ効果が低くなってしまう。そうした意味で、このように学生が学校の意思決定のプロセスに参加する事の意義は大きく、実学としての教育的効果も高いと思われる。確かに、CUCではゴミ処理や電気代などコストが億単位になるので、 ISO14001の環境マネジメントを導入することでの「環境負荷の低減・コスト削減」効果はある。しかしそれ以上に、学生が環境マネジメントを意識し、広く環境問題に関心を持つことは重要なことだ。 CUCでは、大学にも USR(大学の社会的責任)の視点が大切であり、 USRで最も優先度の高い課題は「次世代に健全な地球を引き継ぐ、強い意志を持つ、環境マインドの高い学生を多く育て、社会に送り出すこと」としている。
こうした取り組みが評価されてCUCは、文部科学省が行う2005(平成17)年度「 特色ある大学教育支援プログラム(Good Practice)」に採択された。このプログラムは2003年度より開始され、「大学教育の改善に資する取組のうち、特色ある優れたものを選定し、情報提供や財政支援を行い、他大学への波及効果と高等教育の活性化が促進されること」を目的とするものだ。環境教育で申請した大学は多数あったが、2005年度採択の47校(申請は410校(短大含む)) のうち、環境教育で採択されたのはCUCだけだった。 「環境教育の取り組み」は、環境問題解決のための教育実践の場であり、全学態勢で学生主体のISO14001認証取得を支援し、これを原点に学生による地域小中学校への環境教育指導など社会貢献を通じた体験的学習を中心とする「実学教育」という視点が評価されたのだと思われる。特色GP採択校には、年間最高1,550万円の支援金が4年間支給されるので、 CUCではこれを契機に、更に特色ある環境教育を実践していく予定だ。

 取材を終えて

市の教育委員会と大学の繋がりは、日常的には特につながりはない。しかし、こうした覚書を結んだことによって協働事業が実現した。大学生にしてみれば、活動を通じて学んだことの成果発表の場でもあるし、なによりも人前で話すには、より深く内容を理解していないといけない。これはスキルアップとしては最高の環境である。また、小・中学生の児童にとっては、年齢の近い学生から話を聞けるというこが、良い刺激になるだろう。学生・生徒のwin-winの関係であり、参加した学生からも「とても勉強になった」と聞いた。このような学外協働が、もっと多くの大学で実現したら良いと感じた。
取材当初、大学もISOをやっており、小学校でもISOをやっているのだから、大学生が小学校のISOマネジメントシステム構築の支援をするのだと思っていたのだが、実際は、一般的な環境教育を通じての学外連携ということであった。 CUCの安江さんは、今後はこうした事もやれれば、と構想は膨らむ。大学の地域貢献に関しても、注目が高まる昨今である。今回の事例はISOを軸にした繋がりであるが、地域の自然環境や、コミュニティビジネスなど、様々なテーマでつながることが出来る。今後も、大学が地域のシンクタンク的な役割を果たし、活動の核となることが期待される。

Report;伊藤博隆@地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)