「持続可能な開発」セミナー
第1回「全体にかかる基本的勉強会」議事録
講演「ヨハネスブルク・サミットからの出発」
index ・ 要旨 ・ 講演「ヨハネスブルク・サミットからの出発」 ・ 質疑応答・ディスカッション
講 師:松下 和夫氏(京都大学大学院地球環境学堂人間・環境学研究科教授)
○ヨハネスブルク・サミット:ストックホルムから30年、リオから10年
①ヨハネスブルク・サミットの目的は何だったのか 地球環境問題を考える場合は歴史的に見る必要がある。ヨハネスブルク・サミットの目的は何だったのか。環境、人道といった問題は、軍事、経済、政治の問題の中ではどうしても端に置かれざるを得ない。90年以降国連において、軍事・経済よりはしにおかれがちな人口・女性・人権など社会問題についてのさまざまな国際会議が開かれている。そのさきがけがリオであり、それから10年がヨハネスブルク・サミットである。ヨハネスブルクについては、リオ以降の総括として21世紀に向けての世界像を提示することが期待されたが、結論から言えば不十分であった面は否めない。
②ストックホルム国連人間環境会議(1972年) ストックホルム当時は、産業公害が深刻化している中にあって、環境問題は先進国の問題と捉えられていた。途上国からすると開発が遅れていること自体が最大の環境問題ともいわれていた。その成果として国連で環境問題を取りまとめる機関として、UNEPがおかれることとなった。また、人間環境宣言、行動計画が採択された。会議後、日本でも環境庁ができ、先進国では環境担当部門が設置されるようになった。
③ブルントラント委員会(環境と開発に関する世界委員会)と持続可能な開発:Our Common Future(1986年) 一方、80年代に入ると地球規模の環境問題が起こってきた。ただ当時は環境と開発を対立概念として捉えられていた。それを統合する会議としてブルントラント委員会が「持続可能な開発」を提唱し、これがその後のキーワードとなった。国際的には認識されていないが、提唱は日本である。21人の賢人をあつめた会議。調査研究の結果から Our Common Futureというレポートを発行。将来の世代のニーズを損なうことなく現在の世代の必要性を満たすという考え方であり、先進国、途上国両方が受け入れられる概念であった。開発、資源利用、制度などを組み合わせて欲求と願望を満たし、不公平をなくすプロセス全体を持続可能な開発の過程である。
④国連環境開発会議(地球サミット)(1992年) 上記③の考え方が、地球サミットの基本的考え方となった。
○地球サミットの成果と評価
①時代背景:冷戦終結期 当時は、冷戦構造が崩壊する過程であり、軍事に向けていた資金を平和目的にという将来に対する期待感があった。一方で、地球環境悪化を心配させる出来事が頻発し、オゾンホールの発見、アメリカ旱魃、チェルノブイリ原発事故等が起こっていた。こうしたなか政治リーダーたちも国際的課題として地球環境問題を取り上げる雰囲気になっていた。
②先進国と途上国の論争:資金と技術の移転拡大、貧困撲滅と格差是正、人口問題と生産・消費パターン もちろんこの時も先進国、途上国間の議論があり、特に先進国、途上国間の責任の分担をめぐって激しい議論があった。具体的には途上国は技術、資金の移転を求め、先進国側は途上国の人口増加、経済発展(生産、消費パターン)に鑑みて、一定の負担を求めた。
③環境と開発に関するリオ宣言・アジェンダ21 こうした議論の中で環境と開発に関するリオ宣言が採択され、また、最大の成果としてはアジェンダ21が国際的なコンセンサスの場で合意されたのが特色である。
④同時に提示された各種条約 気候変動枠組条約の署名、生物多様性条約の署名、森林に関する原則の声明、砂漠化対処条約交渉開始についての合意、財政措置および技術移転に関する取り決め
⑤課題:フォローアップ組織:持続可能な開発委員会(CSD) ストックホルムの場合、フォローアップが弱かったという反省点があり、これを踏まえて、CSDが作られ、毎年アジェンダ21を点検する仕組みが整備された。また、リオ会議においては、準備プロセスがオープンであったことが評価されると考えられる。ただし、最大の問題点としては、資金の移転に関しては、地球環境ファシリティー(GEF)ができたものの、金額20億ドル程度と額は小さく、不十分に終わってしまったことを挙げるべきであろう。GDPの0.7%までODAを引き上げるという合意については、リオ当時の0.35%からさらに0.22%までその世界全体の比率は下がっている。
⑥準備プロセス(多様な主体の参画)、財政的コミットメントの不十分性は史上最大だが、結果は・・
○地球サミット後10年の評価
①各国版アジェンダ21、ローカルアジェンダ21、(日本)環境基本法、環境基本計画地球サミット フォローアップ。持続可能な開発委員会でアジェンダ21の進捗を検証することにした→サミットはかなりの成果であった。NGO、地方自治体、産業界もプロセスに参加できる機会をつくったことが評価される。後への前例をつくった。しかし、資金の移転(ODAのひきあげ)GEFはできたが、額が小さい。軍備資金を地球環境にまわせると思ったが、地域紛争、テロ等新たな問題がおきて、順調には行かない現状。サミットを機に日本でも環境基本法等ができ、条約も様々なものができたが、それにもかかわらず、世界的環境悪化の趨勢はとまらない。実際に地球環境問題(砂漠化、森林減少、衛生的な水の不足、気候変動)は、悪化の一途をたどっている。この10年で4%の森林が消えた、27%の珊瑚が消えた、11億人が衛生的な水を得られず、それが原因で8秒に1人が死んでいる。気候変動に関して言えば、京都議定書ができて6年になるがまだ発効していない。そればかりか、化石燃料の使用はこの10年で10%以上増えた。ODAをGNPの0.7%まで引き上げるというコミットメントもサミット当時から比べるとかえってODAの割合が下がってしまっている。さまざまな制度が整備されたが、:森林減、砂漠化拡大、飲料水不足、生物多様性の減少、IPCCレポート・・・など、地球環境は良くなったのだろうか?
②貧困撲滅進まず、格差拡大 東アジアでは貧困は減少した。しかし、アフリカや南アジアでは絶対的貧困層40%で数が増えて悪循環に陥っている。
③グローバリゼションのインパクト また新しい問題としてグローバリゼーション(世界経済の一体化)がある。貿易・経済の自由化によって恩恵を受ける人がいる一方で、市場経済の振興・世界経済の一体化により却って格差が広がってしまうという問題が生じている。特に自然資源依存地域での弊害が大きい。
○ヨハネスブルク・サミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)の概要
①2002年8月26日~9月4日、首脳104名を含む190カ国、2万人以上の参加 こうした中において、リオから10年を期してヨハネスブルク・サミットが行われた。しかし、結果としてみるとインパクトはリオほどではなかったといわれている。ただし、このサミットはアジェンダをつくるよりは、行動指向(既に採択されているアジェンダ21をどう具体化するか)型のテーマであり、期限を区切って数値目標をつくることが目的であった。
②主要成果:ヨハネスブルク・サミット実施計画、持続可能な開発に関するヨハネスブルク宣言(政治宣言)、タイプⅡパートナーシップ・イニシアティブ(約束文書)、サイドイベント 最終成果としては、ヨハネスブルク実施計画、ヨハネスブルク宣言、約束文書(自ら意欲のある国等が国連のクライテリアに従って、宣言し、登録するもの。300近くのイニシャティブが出された)にまとめられた。日本からは約30。また、京都議定書と再生可能エネルギーに関し、具体的な進展があった。
③主要論点:「共通だが差異のある責任」例:共通だが差異のある責任→合意できなかった
④「再生可能(自然)エネルギー」 EUやラテンアメリカは2010年までに再生可能エネルギーの利用率を15%まで高める。(米国・中東・日本は反対)これは85カ国からなる有志連合が推進するものである。個々に見ると従来の取り組みをさらに進める枠組みができた。ただ国際的に見ると米国の消極的態度もあり、陰が薄くなったきらいはある。また、NGOのどこまでの意思決定にかかわれたかもこれから評価に委ねられるであろう。自然エネルギー有志連合(ヨハネスブルグ再生可能エネルギー連合)ドイツなど85カ国参加 日本で国際会議開催した。具体的に実質上進めていく流れができた
⑤「衛生」水へのアクセスへの数値目標 衛生的な水にアクセスできない人の数を半分にする。
⑥「資金・貿易問題」
⑦「京都議定書」 京都議定書と再生可能エネルギーー→アメリカの脱退による議定書の危惧。中国・ロシアの宣言で、発効ちかい。日本は批准するよう求める。
⑧「ガバナンス」
⑨「貧困撲滅」世界連帯基金の発足。
⑩「持続不可能な生産・消費形態の変更」生物多様性に関するホットスポットに資金提供
⑪その他の成果(日本主導のもの):「生物多様性」、「科学技術による貢献」(統合地球観測戦略など)、「北九州イニシアティブ」、「持続可能な開発のための教育の10年」
⑫NGOの役割:どこまで意思決定に影響を与ええたか。
○ヨハネスブルク・サミットの評価:将来世代からの付託に応えられたか?
①地球環境への危機意識と明確な時代認識に基づくメッセージ発出することがこの会議の本来の目的→果たしえなかった。
②持続可能な開発の実現という理想が主権国家で構成される国際社会という現実との折り合いをつけて、実施計画という形で再出発。
③パートナーシップ・イニシアティブの可能性意欲のある国と企業・NGOなどがパートナーシップを組むことを公表し、登録するやり方。300のパートナーシップ・イニシアティブがでた。
④国際合意を越えた地域と市民の取り組み
全体としては、将来世代に対してメッセージを発するということで言えば、不十分であった。環境保全と経済発展と社会的公平を具体化して各論に落としたとき、実施計画レベルでは妥協が生じざるを得なかったということだろうか。パートナーシップ・イニシアティブについては、新しい取り組みとしてどこまで進展するか注目される。また、今後CSDで2年ごとのサイクル(レビュー会合と政策会合)で点検を行っている。CSDがどれだけ政治的サポートがあるか、また、その勧告が各国で実施されるかは、ウォッチが必要である。また、各テーマについては、世界水フォーラム、京都議定書発効問題(ロシアの動向、EUの排出権取引市場の実施)、自然エネルギー2004(自然エネルギーの大幅拡大)、持続可能な開発のための教育の10年等の動きが注目される。
○ヨハネスブルク・サミット後とそのフォローアップ
①CSD11(2003年5月)決議:2年間の実施サイクル(レビュー会合と政策会合)
②レビュー会合:テーマ別問題群の実施上の制約と障害を明らかに成功事例の共有
③政策会合:テーマ別問題群に関し実施を加速するための実際的な措置やオプションに関する政策決定レビューシステム(国連)2004水・衛生2005エネルギー・気候変動2006土地・農業
④水:第3回世界水フォーラム(京都・大阪・滋賀、閣僚宣言 2003.3.23) 研究者・NGOレベル 水は基本的人権 業としての水 の議論
⑤気候変動:京都議定書発効問題(ロシアの動向)、EU(排出量取引)、日本(温暖化対策大綱) 環境税 世界全体で50パーセントを目標としなければならない ポスト京都議定書の問題を議論する必要がある
⑥自然エネルギー2004(RE2004、ボン):自然エネルギーの大幅な拡大と日本の立ち遅れ ボンの会議。バイオマス、風力など新しい産業・雇用を生み出す。 日本 実際は新エネルギーを増やしてはいない。目標値が低い。 廃棄物発電が安いので、むしろ新エネルギーをおさえている
⑦持続可能な開発のための教育の10年(ESDJ) 中身をどうつくるか。社会を変えていく人をつくる教育
⑧国際政治状況:米国大統領選(04.11)、COP10(04.12気候変動)、 G8(04.6)、拡大EU 、ロシア、中国、インド・・・、わが国の役割は?
最後に、環境問題に取り組む、根本的な単位はローカルな取り組みである。国と地域では補完性原理が働くことが重要であり、地域の自主的決定権が大事である。グローバリゼーションの問題は自分たちに関わり無いところで政策が決まってしまうことにあり、この弊害を解消するには、資源でも可能な限り地域で廻す地域循環、地域から政策実験する過程が必要である。この際に、情報公開透明性確保が重要である。これらを通しての環境民主主義がこれから重要となっていくことであろう。
意思決定は短く・狭く、それにより当事者意識が芽生える。地方分権化の根本は地域の自主的決定権。グローバリゼーションの最大の問題点は自分たちの手の届かないところで決定すること。地域の循環(人・金・資源)が重要である。地域による政策実験を規制緩和により推奨し、成功事例を国がサポートするという手はずが望ましい。情報公開・透明性の確保(オーフス条約)については、勉強会が開催されている。協働と参画による環境政策(パートナーシップ)が重要。
index(もくじ) ・ #1:要旨 ・ #2:講演「ヨハネスブルク・サミットからの出発」 ・ #3:質疑応答・ディスカッション